メキシコを席捲した ロス・セタスという暴力装置

メキシコ麻薬戦争開始時期には諸説あるが、1989年、ナルコ界のゴッド・ファーザー、スペイン語なら「エル・パドリーノ」、グアダハラの奸雄「フェリックス・アンヘル・ガジャルド」の逮捕、投獄こそ、その端緒である。彼の逮捕直後、残されたナルコ・スターたちは、獄中のゴッド・ファーザーの呼びかけにより、アカプルコで一週間に渡る酒池肉林のナルコ・サミットを開催した。表向きは穏やかに幕を閉じたサミットも、内実は、ゴッド・ファーザーの不在を好機とばかりに、ナルコ利権を賭けた権謀術数が渦巻いていた。

その当時、メキシコのナルコ界は、コロンビアのカリ・カルテル、メデジン・カルテルといった個別の組織が日夜を問わず血戦を繰り広げるような混沌とした状況ではなく、グアダハラのゴッド・ファーザーによって取り仕切られていた。しかし、エル・パドリーノの逮捕後、彼に替わるカリスマなど現れるはずもなく、ナルコ界は1990年代から、血で血を洗う、群雄割拠のカルテル抗争時代に突入する。

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生粋のグアダハラ・グループは、ティファナとシナロアに分裂する。シナロア・カルテルを率いたのは、21世紀のナルコ・キング、エル・チャポだ。

同じタイミングで、エル・パドリーノ率いるグアダハラと同盟関係にあった、フアレス・カルテルが独自の活動を開始。1970年代以来、シウダー・フアレスで徐々に組織としての体裁を整え、エル・パドレーノの不在を機に、いちローカル・ギャング団ではなく、独立したカルテルとしての存在感を放ち始めた。

1930年代以来、メキシコ最北西端のタマウリパス州マタモロスで組織犯罪を続けていた由緒正しき地場ギャング団も、フアレス・カルテル同様、ゴルフォ・カルテルに進化した。このゴルフォ・カルテルこそ、ナルコ戦争を一変させた暴力装置「ロス・セタス」を開発したカルテルである。ちなみに、英語表記であればガルフ・カルテル(Gulf Cartel)。

ゴルフォ、シナロア、ティファナ、フアレスの四大カルテルが大小の衝突を繰り広げるなか、ゴルフォ・カルテルは、一人のナルコ・ジーニアス出現により、盤石の礎を築き上げた。オシエル・カルデナス・ギジェン、通称「エル・マタ・アミーゴス(ダチ殺し)」こそ、ゴルフォ・カルテル中興の祖であり、「ロス・セタス」産みの親だ。

1997年、ゴルフォ・カルテルは、オシエルの些細な癇癪が原因で、アメリカ麻薬取締局(Drug Enforcement Administration, DEA)、FBIを敵に回してしまう。その結果、彼はアメリカ当局認定の賞金首となる。

国内外から命を狙われる羽目になったオシエルは、禁断の果実を毟り取るべく動き出す。自身の安全とゴルフォ・カルテルの強化を目論み、武闘派ギャングでも格闘技経験者でもなく、メキシコ軍随一の特殊部隊員ヘッドハントに乗り出した。

オシエルがコンタクトしたのは、コードネーム「Z1」ことアルトゥーロ・グスマン・デセナ。カルテル鎮圧政府軍部隊としてタマウリパスに配属されたアルトゥーロを、オシエルは、ちょっとした口八丁手八丁、多額の賄賂で籠絡する。薄給の軍隊で生死を賭すよりも、高給を保証するカルテルのもと、自らの戦闘スキルを存分に発揮する途をZ1は選択した。

空軍特殊作戦部隊(Gurupo Aeromovil de Fuerzas Espesials, GAFE)の司令官であった、アルトゥーロ・グスマンは、オシエルとの契約を履行すべく、人材獲得に数ヶ月を費やし武装集団を組織した。コードネームの頭文字に「z(セタス)」を戴く元GAFE隊員31名からなるZ集団「ロス・セタス」だ。

GAFEは、中南米の共産ゲリラ勢力を打破するための軍事訓練機関、旧米州軍事学校(U.S.Army Schools of Americas,SOA)で、対ゲリラ戦術、戦略、その他諸々あらゆる軍事訓練を受けた、米特殊部隊「グリーンベレー」に匹敵する、メキシコ随一の特殊戦闘部隊だ。加えて、GAFEのメンバーは、中南米最狂のグアテマラ特殊部隊カイビレスにも「殺しと脅しの秘伝」を叩き込まれている。ロス・セタスの十八番である断首は、カイビレスから伝授されたのでは、との見解もある。

Z1率いるGEFAは、1994年、世界中の左翼から熱い視線と期待を集めていた、マルコス副司令官率いるサパティスタを蹂躙、虐殺した。GEFAは、サパティスタ武装部隊を紙人形のように八つ裂きにし、その結果、マルコス副司令官は武力闘争を諦めた。サパティスタを密林に押し込めたのは、メキシコ政府の悪政でも、資本主義の横暴でもなく、GEFAの暴力であったのかも知れない。高邁な理想も、意味のない純粋な暴力には屈せざるを得なかったのだろう。

それまでも、ティファナ・カルテルの梟雄、ラモン・アレジャーノ・フェリックスに組織された殺人部隊人がメキシコ国内を震駭させてはいたが、所詮、エリート・ギャングが集まったアマチュア軍事組織に過ぎなかった。残虐性も、死体をシーツで包みメッセージとともに放置する、といった程度だ。後のロス・セタスの悪逆非道を知る者にとっては、児戯でしかない。ロス・セタスは、恐喝、拷問、誘拐、要人襲撃、爆破、情報戦、挙げ句の果てに、『魁!男塾』塾生の専売特許、「油風呂」で敵対するナルコマンを煮殺してしまう。更に驚くべきことに、Skypeまで使いこなすのだ。

ロス・セタスは交渉すらしない。気に入らなければ殺す。しかも、拷問を加えてから殺す。さらには、拷問、殺人を録画し、インターネット上で配信する。旧米州軍事学校、カイビレス、イスラエル国防軍から情報戦のノウハウも伝授されただけあり、恐怖のプロパガンダも十八番だ。彼らが公開したチェインソーによる断首映像は、視聴者に強烈な「嘔吐き」をもたらした。

金で雇われたプロフェッショナル集団「ロス・セタス」には何の思想も理想もない。大志を抱くプロフェッショナルであれば、祖国のためにスキルを発揮するのであろうが、ロス・セタスは違う。殺人を重ねれば重ねただけ収入に繋がり、収入が増えれば増えるほど武装強化に繋がる。武装が強化されれば、抑止力、実行力は向上し、実入りはハネあがる。資本と暴力が産み出した狂気のスパイラルに、メキシコ合衆国は巻き込まれてしまったのだ。

ガルフォ・カルテルは、ロス・セタスという暴力装置とともに怪進撃を続けたが、カルテルの勢力を過信したオシエルは、アメリカ、メキシコ両政府をも相手に立ち回ろうとした。出過ぎた杭は打たれる、との格言通り、2002年、レストランで食事中のZ1が軍の一斉射撃により絶命、2003年、オシエルは政府軍と衝突の結果、逮捕される。

しかし、ロス・セタスは終わらなかった。むしろ、そこからが始まりだ。Z1の後継者、エリベルト・ラスカノ、コードネーム「Z3」、ニックネーム「死刑執行人」こそがリアル「ロス・セタス」だ。

ロス・セタスの衝撃は敵対カルテルを刺激し、シナロア・カルテルもロス・セタス顔負けのブルータル・フォースを組織した。なかでも、当時は未だエル・チャポ配下であったナルコ界のカリスマ、アルトゥーロ・ベルトラン・レイバ率いる「ロス・ネグロス」の激烈さは抜きん出ていた。

ナルコ界の武装強化が進むなか、ロス・セタスは、Z3指揮のもと更なる軍事化を図る。メキシコ各地でトレーニング・キャンプを開設し、カイビレスを雇い入れる。この軍事化に、ゴルフォ・カルテルは何百万ドルもの投資を惜しまなかった。

進撃のロス・セタスは誰にも抑えられない。収監されたメンバーを邪険に扱った刑務所職員を殺害、ナルコ軍団に対して妥協する気配を見せない警察署長を暗殺、買収した市警察に連邦警察への攻撃を強いる。メキシコの政情不安につけ込み、ロス・セタスはありとあらゆる気狂い沙汰をやってのけた。2004年からは、シナロア・カルテルとの抗争が激化したが、2007年には休戦協定を締結する。

2007年の協定は、シナロア、ゴルフォの両カルテルではなく、ロス・セタスとシナロア・カルテルの間で締結された。ロス・セタスの強大さを象徴する一大事であった。休戦が成立すると、シナロア・カルテルは内紛に突入する。その内紛を尻目に、ロス・セタスはフランチャイズ式に組織を拡大し、2010年、ゴルフォ・カルテルと袂を分ち、巨大カルテルの武装部門から、いち大カルテルに変貌を遂げた。

ロス・セタスは、公権力、対立カルテルとの抗争だけに留まらず、謎の虐殺も繰り広げる。2010年8月、アメリカを目指す不法移民が乗ったバスから、乗客73名を引きずり下ろし、ひとりずつ銃殺した。最後の一人は撃たれながらも一命をとりとめ、この事件の生き証人となった。その数ヶ月後、同じように数台のバスから乗客を降車させ、こともあろうに、乗客どうしに生死を賭けたチャンバラを強いたのだ。勝者はロス・セタスのメンバーとなり、敗者193名は穴に埋められた。どのような形式かは定かでないが、おそらく、勝ち抜きトーナメント形式であったはずだ。

破竹の勢いで進撃を続けたロス・セタスだが、2012年、エリベルト・ラスカノ「Z3」がメキシコ海軍に襲撃、銃殺されて以来、一枚岩に亀裂が入り、組織は緩やかに分裂を続けている。「Z3」時代からの有力者、ベラスケス・キャバレロ、通称「エル・タリバン」が2012年に逮捕され、Z3の後継者で組織をまとめる実力を持つミゲル・トレヴィーニョ「Z40」も2013年に逮捕、「Z40」の弟アレハンドロ・トレビーニョ「Z42」は2015年に逮捕された。

フランチャイズ・システムで勢力を拡大したものの、統率力を失ったロス・セタスは、現在、高度な組織力が要求される国際ドラッグ流通よりも、プラザ(シマ)に根ざした犯罪活動に勤しんでいる。なかでも、メキシコの大動脈を流れる石油が、各地のロス・セタスを潤している。2010年頃から散見されるようになった、国営石油企業「ペメックス」の石油パイプラインに穿たれた穴は、年々増え続けている。

カリスマ不在により、「ロス・セタス」フランチャイズ加盟支部同士の連携は薄れている。メキシコ最狂の暴力軍事組織は、各支部が石油を燃料に小規模な犯罪活動を続ける、名ばかりの「ロス・セタス」になりつつある。果たして、ロス・セタスが、往時の圧倒的な暴威を取り戻すことはないのだろうか。

ナルコ界では、まことしやかに「Z3」ラスカノ生存伝説が囁かれている。「Z3」銃殺後、亡骸が死体安置所から奪われ、「Z3」死亡の最終確認は未だ完了していない。


ロス・セタスが辿った暴力の歴史を駆け足ながら振り返ったが、アウトローには欠かせない「法律を度外視した正義感」「一般市民の忘れてしまった倫理観」といった類いのロマンはいっさい見出せない。「ロス・セタス」は、暴力による自己実現のために暴力で利益を追求する、まごうことなき暴力装置だ。

「暴力」を受け容れられないがために、「暴力」に意義を付与しようとするインテリたちに「ロス・セタスの歴史」は真実を突きつける。暴力と射精は、寸分違わぬ欲求解消の術でしかない。